不破聖衣来の家族構成は5人!父・母・姉・本人・妹

不破聖衣来選手の家族は、父親・母親・長女の亜莉珠・次女の聖衣来・三女の珠衣琉という5人構成になります。群馬県高崎市で生まれ育った不破家は、スポーツとの深い縁で結ばれた一家として知られているのです。
父親は学生時代にサッカーに打ち込んでいた経歴の持ち主で、陸上競技の経験はありません。しかし、娘たちの活動を温かく見守り続けてきた姿勢は一貫しています。一方、母親は中学時代に陸上部へ所属していた経験があり、走ることへの理解を持っていました。
興味深いのは、母方の祖父がクロスカントリースキーの元国体選手という点でしょう。聖衣来選手が小学2年生でランニングを始めたとき、当時65歳を超えていた祖父が一緒に走ってくれたエピソードは有名です。家族の中にスポーツのDNAが脈々と受け継がれていることが分かります。
不破家では名前にも特徴があり、聖衣来という名前には「聖なる衣で、破れないすごい子になってほしい」という両親の深い願いが込められているといいます。姉妹それぞれの名前に込められた想いが、三姉妹の強さを育んできたのかもしれませんね。
不破聖衣来の姉【不破亜莉珠】はセンコー所属の陸上選手!姉妹の絆

長女の不破亜莉珠選手は聖衣来選手より3歳年上の姉になります。現在はセンコー女子陸上競技部に所属し、長距離種目を専門とする実業団選手として第一線で活躍中です。
亜莉珠選手も高崎健康福祉大学高崎高等学校を卒業後、ホクレン陸上部を経て2021年からセンコーへ移籍しました。中学時代から高い実力を発揮しており、全国中学陸上の1500メートルでは5位入賞という輝かしい成績を残しています。自己ベストは1500メートル4分20秒32、5000メートル16分26秒42という記録です。
2017年11月の東日本女子駅伝では、姉妹の夢だったタスキリレーが実現しました。当時高校3年生だった亜莉珠選手が3区を走り、中学3年生の聖衣来選手へタスキを繋いだ瞬間は、家族にとって忘れられない思い出となっているでしょう。
聖衣来選手は「姉があこがれで、一番尊敬する選手」と公言しており、幼い頃から姉の背中を追いかけてきたのです。小学2年生のとき、姉と祖父が朝ランニングをしているところについていったことが陸上との出会いでした。姉妹の絆が聖衣来選手を陸上の道へと導いたといえます。
不破聖衣来の妹【不破珠衣琉】も陸上選手!三姉妹揃って長距離ランナー

三女の不破珠衣琉選手は、高崎市立大類中学校に在籍していた陸上選手です。珠衣琉という名前の読み方は「じゅえる」で、姉たちと同様に個性的な響きが印象的でしょう。
珠衣琉選手も姉たちと同じく小学生時代はミニバスケットボールに熱中していましたが、中学入学後に本格的な陸上への道を歩み始めました。中学1年生の頃は平凡な記録でしたが、中学3年生になると「姉たちみたいになりたい」という強い想いが芽生えたといいます。
2024年11月の東日本女子駅伝では群馬県代表として8区に出場し、区間8位という堅実な走りでチームの総合2位に貢献しました。さらに2025年1月の全国都道府県対抗女子駅伝では、長女の亜莉珠選手と10歳差の姉妹リレーが実現したのです。
聖衣来選手は出場できなかったものの、二人に「楽しんで走ってきて」とエールを送っていたそうです。三姉妹全員でタスキを繋ぐ日を目標に、珠衣琉選手は着実に成長を続けています。亜莉珠選手も「いつか三姉妹で一緒に走りたい」と語っており、その日が待ち遠しいですね。
不破聖衣来|両親のサポートと教育方針!陸上一家を支える家族の力

不破家の両親は、娘たちの陸上人生を見守り続けてきた重要な存在です。父親は一般人でありながら、娘たちの活動を全力で応援してきました。母親は中学時代のみの陸上経験でしたが、走ることの厳しさや喜びを理解できる立場にあったことが、娘たちの支えになっていたといえるでしょう。
特筆すべきは、拓殖大学の五十嵐利治監督が聖衣来選手を高校1年生のときからスカウトしていたという事実です。監督は両親と高校の陸上部監督に対し、数十ページに及ぶ「4年間の育成計画」という詳細な資料を作成してプレゼンテーションを行ったといいます。両親は娘の将来を真剣に考え、最適な環境を選択したのです。
不破家では三姉妹が同じ長距離種目を選んだことで、お互いに刺激し合い成長する環境が自然と形成されました。ふと考えると、両親は過度なプレッシャーをかけることなく、それぞれの個性とペースを尊重してきたように見えます。
母方の祖父との早朝ランニングから始まった陸上への道は、家族全員の温かいサポートによって支えられてきました。不破家の教育方針は、娘たちに夢を追いかける勇気と、家族の絆という強固な基盤を与えたのです。



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